患者さんの体験談

体験談(16)

 股関節に痛みが出始めたのは5年前からで痛み止めを服用しながら日々の生活を過ごしておりました。しかし、痛みで生活に支障が出てくるようになり、この先、不安でたまらなくなりました。そのような時、某テレビ局の番組を見ていましたら、股関節症の話題が取り上げられ、人工股関節以外の治療方法「貧乏ゆすり」が紹介されていました。
 「貧乏ゆすり」で痛みが軽減される?
 藁にもすがる思いで早速、問い合わせしたところ、福岡県の柳川に先生がいらっしゃるとのことで、予約を入れて、見て頂ける事になりました。先生は、わたしの症状に対して、なぜそうなるのか分かりやすく教えて下さいました。私のレントゲン写真では、軟骨が完全になくなって変形しており、関節症の末期との事でした。不安そうな私を見て、「大丈夫ですよ、治ります。」と、勇気付けて下さいました。

 人工股関節を使わないで、自分の骨を切り、活かす。
 そして、「貧乏ゆすり」で軟骨を再生する。
 この治療法に賭けることにしました。

 手術と5ヶ月間の入院を経て、無事退院することが出来ました。ただ、順調に軟骨の再生が出来た訳では有りませんでした。私は、軟骨の出来にくい体質とのことで、かなり落ち込んでいた時期がありました。丁度その頃、「貧乏ゆすり」のリハビリ負担を軽減する試作機が入り、その臨床患者の第1号として利用させて頂く事になりました。利用を始めてから、軟骨が再生され始め、その再生スピードも通常の倍以上となっており、大幅な治療効果のあることが分かりました。その結果に、一番、驚いているのが先生で、これらのデータを医学学会で報告し、他の患者さんに役立てたいとの事でした。
 この5ヶ月間の入院は、私にとって「ご縁」と「感謝」について考える良い機会となりました。私は、多くの「ご縁」によって助けられているということ。今回の件では、先ず、キッカケは、股関節症の情報を取り上げてくれたテレビ局の方、そして、軟骨再生の治療法を紹介してくれた先生、同じ番組をご覧になって、多くの患者さんのリハビリ負担を軽減させたいと試作機を開発、提供して下さった機械メーカーの社長さん。入院生活では、これまでの患者さん達が入院体験を通して作り上げてきた色々な便利グッズなど、大変助かりました。また、落ち込んでいる時、励ましてくれた看護師さんや理学療法士さん、そして同じ病気で入院している仲間達、感謝でした。
 日々の暮らしは、当たり前のようだけど、実は当たり前ではないことに気付かされました。失くして気付くのではなく、あるうちに気付いて感謝することが大事。健康もその一つ。退院といっても、車椅子から杖に変わったばかりですので、リハビリは自宅で継続中です。現在、まだ杖は手放せませんが、股関節の痛みがなくなって、歩けるようになったことは、言葉では言い表せないくらいありがたい事です。これまでのことに対する感謝の思いをどうするか?同じ病気で悩んでいる方でこの体験を少しでも活かすこと。私に出来る感謝の伝え方と考えています。
(2013年 女性 51歳)

体験談(16)

 身を切る様に冷たい師走の早朝、夜行バスで博多に降り立ちました。初診の日です。
バスの中では(手術できる…手術できない…手術する…手術しないと…)と花占いの様に、先生に何と言われるのだろうか…と、その事ばかりを考えていました。 前日の深夜、私を送ってくれた主人は、振り返るといつまでも車の窓から私の方を不安そうに見送っていました。私は苦笑しながらも、心配をかけているな…と申し訳なく思いました。と共に(私がしっかりしないと)と 決心を固めていました。
5年前より、変形性股関節症の診断を受け、地元ではよく知られた病院で定期的に受診していました。
8月…突然今までにない痛みで夜も眠れず、10月…痛みから腰が曲がってしまい、床を這ってトイレに行っていました。診察してもらった時も痛くて、ベッドの上でも足が動かせず、先生から「これでは検査になりません…」 と匙を投げられた状態で、私はどうしたらいいのかと、途方に暮れました。診察後2・3歩歩いてはしゃがみこみ又2・3歩…と歩いて、長椅子で一休みしていると、術後の若い女性が廊下を松葉杖で歩いていて、横に座られたので話をしました。小さい子どもさんがおられたのですが、自骨での手術 をしたとの事で「手術ができてよかったですね…私はもう人工しかできないそうなんだけど、まだまだ若いからと言われたばっかりです。…待合室には他にも大変な人は沢山いるでしょう!…と…」と話した途端、その初め てお会いした人の前で号泣してしまいました。
知人から、お知り合いのおばあちゃんが人工にされたしばらく後に自ら命を絶たれたお話を聞いていました。直接の原因かどうかはわかりませんが、私にはその辛さがわかった様な気がしました。
11月…再び診察に行った私に、待合室でたまたま隣り合わせになった方が、井上先生に手術して頂いたと…これが、私をここへ導いてくれました。
病室で眠れない夜、窓から月が明るく照らしてくれている事も度々でした。そして思いました。先生は私達の病気の暗闇を、穏やかに静かに明るく照らしてくれるお月様のようだな…と。 キアリ手術を受けて6か月、人工関節に換えずに済んだ喜びを日々かみしめています。 井上先生、くれぐれもお身体をご自愛下さり、私達を照らしていて下さい。
私達にとって安心できる、心の港です。先生のご健康をお祈りして…(2011年 女性 52歳)

体験談(15)

 私は4年前に院長先生に手術をしていただきました。初めて痛みが出たのは小学生の頃です。シップをすると治まっていたので気にもしませんでした。20歳を過ぎると、徐々に痛む回数、痛み度も増してきました。我慢出来ない激痛が6年前走りました。どこか良い病院はないか転々としました。どこに行っても「人工ですね。最低でも10年辛抱して下さい」と言われました。「取り敢えず筋トレしましょう」とアドバイスされ教えてもらったトレーニングをし続けましたが、その頃には睡眠時間2~3時間、痛みはドンドン増すばかり。ズボンの脱ぎき、爪切り、くつ下、トイレ、お風呂、食事を作るのも洗い物も顔を洗うことすら辛く痛く、この痛み、いつになったら消えるのか…。どうして私なの?そう考えるほど精神的にまいっていました。
そんな時、主人がインターネットで柳川リハビリテーション病院を見つけてくれました。自分の骨で治せると…治るという文字が目にとまりました。何一つ疑うことなく、遠かったですが一度診察して頂きたい、その思いで行きました。
診察室で、レントゲン写真を見ながら院長先生が初対面の私に「痛かったね…」そう言って下さった瞬間、今までの痛みやストレスがすーっと消えた感じで涙が止まりませんでした。それから「こんな痛くなるまでよく耐えたね…」とも言って下さいました。「手術をしたら、今の痛みはなくなるよ」私には天の声に聞こえました。
この先生に、全部お任せしようと決めました。術後も朝から来て下さり、声をかけて頂きました。お会いできるだけで痛みが消えるそんなパワーをもらっていました。
今回で両足、股関節手術をして新しい足をいただきました。痛みなく歩ける、こんなに景色が素晴らしいお散歩が楽しいということを知りました。支えていただいたスタッフの方々、優しく温かく見守り、新たな足を下さった院長先生「ありがとうございました」感謝の気持ちでいっぱいです。大切に労りながら生活していきます。(山口県 41歳女性)

体験談(14)

 いよいよ電車通勤がしんどくなり、布団から起き上がるのもきつく危機感を感じたので病院へ行くことにしました。
関東の病院を2軒受診したのち、H16年3月に柳リハ病院を受診しました。
院長先生の診察を受け手術を予約したのですが、その頃友人から特殊なカイロプラクティックを紹介され、よくなるのなら手術をする前に試してみようと思い暫く経過をみることにしました。ところが2年半以上経っても股関節の痛みは取れずかえって変形が進んでしまいました。
その間も院長先生はメールのやり取りでわたしが疑問に思った点や不安な気持ちを誠実に受け止めてくださり、いつも安心感を与えてくださいました。「患者の気持ちを理解してくださる井上先生だったら信頼してお任せできる! この先悪くなる股関節なら柳川は遠いけど行ってみよう!」と決意してH19年1月に左側、H21年8月に右側の手術を受けました。
これまで入院経験のなかったわたしにとって長い入院生活でしたが、その期間は心に残る貴重な思い出がたくさんできた時となりました。
毎日のように様子を見に来てくださった院長先生、明るい整形の先生や看護師さん、やる気を与えてくださったリハビリの先生、同じ病気と闘ってきた患者さんたち…思うように歩けず、正直精神的に辛く泣いたこともありましたが、たくさんの人たちに支えられ入院生活は想像以上に楽しいものでした。
退院してから友人に「以前の歩き方とぜんぜん違うね!」と驚かれました。こうして歩けるようになったのもリハビリで熱心に歩行を教えていただいたおかげです。大変感謝しています。リハビリは体育の授業のようで楽しく沢山のことを学ばせて頂きました。そしてここまで歩ける股関節にして下さった院長先生には感謝してもしきれません。
院長先生にとっての一番の恩返しは“患者さんからの笑顔”だそうです。ずっと笑顔でいられるためにも新しく作っていただいた股関節を大事に使って良い状態を保っていきたいと思います。
院長先生をはじめ、柳リハのスタッフの皆様、本当に、本当にありがとうございました。(東京都 42歳女性)

体験談(13)

「えっ!何なの これ?」股関節の痛みに悩んでいた私は、杖を探してインターネットで検索していました。そこで、たまたまヒットした柳川リハビリテーション病院(以下YR)のホームページから股関節のレントゲン写真が目に飛び込んできました。今以上にもっと痛みが増したら、人工関節にするしかないと考えていた私にとって、自骨手術で治るという情報はまさに驚きでした。半年くらい前から急に痛みが増していたので、希望と不安の思いで診察して頂くことにしました。
院長先生はレントゲンを見られた後、「できます」と言ってくださいました。それでも、私が年齢ゆえの不安要素である軟骨再生の可能性について尋ねると、「私は股関節の形を整える手助けをしてあげることは出来るが、それは誰にも分からない…。年齢はあくまで目安なので自分を信じて手術を受けてみてはどうか…」との率直かつ謙遜な返答に、是非この先生にお願いしたいと思いました。また、私的な用事で看護師さんをお待たせしてしまったこともありましたが、親切な対応から看護師さんや、またYRに対しても良い印象を持つことができ、安心して入院、手術を受けることが出来ました。
術後3ヶ月目からは、定期的にレントゲンの結果を見てリハビリも漸進的に行われました。一人の患者のために、院長先生をはじめ整形、リハビリの先生方の連携した熱心な治療方針に、私自身“頑張ろう”という前向きな気持ちになりました。症状について時として不安になることもありましたが、そんな時は、先生方がいつでもその疑問について分かりやすく説明してくださるので、精神的にもケアされました。その結果、術後に伴いがちなストレスの軽減にもなり、きっと、よい回復にもつながったのだと思います。松葉杖になった頃からは、仲間との外出も楽しむことが出来るようになり、自分の脚で歩ける喜びと回復を実感できました。
また、YRには立派なリハビリ室がありますが、そこで熱心にリハビリされている患者さん一人ひとりが、日増しに回復されてゆく様子を見ることが出来たのも励みになりました。自分も精一杯リハビリすることによって仲間の患者さんのことも励まされる、そんな、相互に励まし合うことの出来る、広々とした和やかな家庭的な雰囲気のリハビリ室でした。
仕事の枠を超えて親身になって本当に良く世話をしてくださったYRスタッフの皆さんのお陰で、順調に回復して退院することができました。“自分を信じて”の院長先生の言葉の通り、人体の修復力のすばらしさにあらためて感動しています。退院して1ヶ月半になりますが、術前にあった股関節の痛みは今では全くない日常生活を送ることが出来ています。
あの時、偶然にインターネットで見つけたYRにお世話になって本当に良かったと思っています。大勢の皆さんの助けや支えによって治していただいた股関節ですので、これからも大事にしていきたいと思っています。良い病院と温かく熱意あふれる先生方やスタッフの皆さん、良き仲間に恵まれ、感謝でいっぱいです。ありがとうございました。(2009年6月 埼玉県 女性 56歳)

体験談(12)

 2006年7月より右股関節の痛みが急激に増し、股関節疾患の権威である井上先生のキアリ手術を受けるために、8月末、柳川リハビリテーション病院に入院しました。病院には同じ病名の人がたくさん入院していました。ほとんど進行期、末期の状態で、他の病院では人工関節しかないといいわたされ、それでも自分の骨で何とかしてくれる先生はいないものかと探し回った末に、ここにたどり着いた患者さんばかりでした。私たちにとって、人工関節の再入れ替えや感染や脱臼などのトラブルを考えると自骨でできるキアリ手術は唯一の救いでした。
私は先生の許可をいただいて、ミキの栄養補助食品(ミキプルーン、プロティーン、バイオC、エコー37、ジョイントビューティー)を食べました。骨の生成、軟骨の再生、傷の治りに効果があると学んでいたからです。退院して5ヵ月後、検診のレントゲンで、新しく作ってくださったりっぱな股関節に軟骨の再生が見られました。先生ご自身が「成績良いですね。」と喜んでくださいました。手術と栄養補助食品とそれぞれに役割をはたし、私を病の床から連れ出してくれてありがたいことです。私の場合、痛みが取れるのにはまだ時間がかかりそうですので、負担の少ないスイミングなど続けたいと思います。5ヶ月の入院生活は心を分かち合える友人もでき、家族に申し訳ないくらい楽しいものでした。一緒に入院生活を送った皆さんもみな思っていることですが、私も、柳リハに入院してよかったです。先生、看護婦さん、リハの先生、ありがとうございます。感謝します。(2007年9月 宮崎市 女性)

体験談(11)

<今日で退院して神戸に帰ります>
楽しいはずなのに先生や仲間との別れがつらく、淋しさがこみあげてきます。
柳川リハは、院長先生の手術症例数が一番多いということで、全国からキアリ手術希望の患者が集まってきます。私はちょうど2年前、右側の手術をしており、今回は心に余裕をもって入院することができました。術後2日目には介助されて車椅子に乗りトイレに行きました。毎日1時間、CPMという機械の上に脚をのせます。ただ前後に動いているだけなのに脚全体に振動が伝わり心地よい眠りにおちいります。最初の8週間は荷重をかけないので自主トレの内容も少なくのんびりと過ごしました。同室の人はみんな同じ病気で世代も近く、おしゃべりがはずみます。特にPTの先生方(20代~30代)の話になると胸をわくわくさせながら「ワーワーキャーキャー」とてもにぎやかです。まるで10代の少女にもどり、中学の合宿生活をしているような気分になります。「先生や仲間を好きになる」と毎日がとても楽しくて、どんな些細な事でも笑いの種になります。1/2荷重になると、プールや自転車その他本格的な自主トレが始まり忙しくなります。2/3荷重から松葉杖での外出を始め、大牟田のゆめタウンや大宰府にも電車やバスに乗って行きました。全荷重になってからの4週間はあっという間に過ぎてしまいました。術前にあった足の痛みは嘘のように消え、力強く歩くことが出来ます。跛行は残っていますが、筋力がつけば、綺麗に歩ける事でしょう。
院長先生をはじめ、整形外科の諸先生方、またPT(理学療法)、諸先生方、看護師さん、その他スタッフのみなさん、5ヶ月間大変お世話になりました。たくさんの思い出有難うございました。そして私達仲間は、半年後あるいは1年後、検診の時、同窓会のような出会いがあります。院長先生が柳川リハにおられる限り”同窓会"は続きます。
院長先生、いつまでもお元気で!(平成18年4月21日 兵庫県 女性 53歳)

体験談(10)

2003年10月に股関節の手術を受けてから1年半が過ぎました。2年前にはその存在さえ知らなかった柳川リハビリテーション病院がこんなに身近になるなんて思いもしませんでした。
30歳で左、その2年後に右の股関節の手術を宮崎の病院で受けましたが、ただ自骨での手術というだけで、具体的な方法は一切教えてもらえず、術後の検診でも調子を聞かれることもなく、ただ体重を減らして無理をするなというだけでした。17年目の検診で、その頃左足がひどく痛くなってきたため仕事を続けられるのか心配になって不安を訴えると、「そんな事はあなたの問題で自分には関係ない」という突き放した言い方をされ、もう二度とここには来ないと決めたのでした。
ただ自分の足がどういう状態なのかを知りたくて、インターネットで知った井上先生に診ていただきました。先生はじっとレントゲンを見て、どういう手術がされているのか教えて下さいました。そして、最初は杖をついてなるだけ負荷をかけないようにしながら過ごして、60才を過ぎてからの人工関節での手術を勧められました。最後に、「あなたの場合、あまり自信はないが、自骨での再手術もできないことはない。帰ってゆっくり考えて聞きたいことがあればメールを下さい」と言われました。帰ってから随分悩みましたがとにかく自骨手術について聞いてみようと思い、メールで手術について質問すると翌日には丁寧な返事が届いていました。私の周りの誰も知らない先生でしたが、手術していただくならこの先生しかないと思ったのでした。
入院して初めて井上先生がキアリ術の権威だということを知り、本当に自分はラッキーだったと思いました。最善を尽くすが、再手術でもあり、痛みを取るだけでそれ以上の期待はあまりできないと言われていたのですが、関節裂隙も思った以上に開き、先生も自分のことのように喜んで下さいました。毎日のように病室に顔を出され、患者さんの質問にも丁寧に答えて下さるので、皆で来られるのを楽しみにしていたものです。5ヶ月という長期の入院生活を過ごせたのは、先生始めスタッフの方々が皆さん気持ちよく対応して下さったからこそだと感謝しています。
現在、たまに痛みはあるものの、手術前とは比較にならない程楽になりました。痛みが出たら休むこと。この病気は痛みが目安になるので性質がいいのだと教わりました。せっかくここまでにして下さった関節ですから大事に使っていきます。(平成17年3月 宮崎市 女性 49歳)

体験談(9)

子どもの頃に股関節脱臼の手術をし、以来 運動の禁止、足のだるさや少々の痛みは当たり前という日々を数十年過ごしてきました。特に40歳を過ぎたあたりからだんだん痛みが増していき何度か受診しました。そこでは「人工関節の手術しかなく、年齢的にまだ早くもう少し我慢を」と言われるだけでした。当分はこの痛みと付き合っていくしかないのだとあきらめていたところ、知り合いの方から自骨での手術があるということ、年齢的にも早いほうがいいということ、そしてその手術ができる「柳リハ」の病院を知りました。飛びつくように病院に電話をし、井上先生に出会うこととなりました。今まではただ人工しかありませんという答えだけでしたが、井上先生はとても詳しく、わかりやすく説明してくださり、そして痛みの辛さを分かってくださる先生でした。子どもの時の手術の関係から今度の手術は大変そうでした。しかし手術は成功し、思った以上に回復も早く予定よりも早い退院となりました。
先週 退院後初めての検診があり、「今後もこのままで大丈夫でしょう」といわれとても喜んでいます。今は痛みは全くなく、あの痛みを我慢していた生活がうそのようです。術前はひどい跛行がありましたが、「杖がとれてからもなくなります」という先生の言葉を信じて今もリハビリに頑張っています。
今は杖はついていても以前よりきれいに歩けていることが嬉しいです。井上先生に出会えて、手術を受けて本当によかったと実感しています。(平成16年7月 石川県 女性 50歳)

体験談(8)

平成15年4月18日。母と姉に付き添われ、痛み止めで痛みをごまかし、杖をついて大変な思いで東京から井上院長先生の診察を受けに来たわたしは、待合室で手に汗を握り締め、大きく打つ胸の鼓動を聞きながら順番を待っていました。柳川リハビリテーション病院を紹介してくださった関東の大学病院の先生から「あなたは人工関節にするには若すぎるので、へたをすると50歳くらいから車椅子の生活になってしまうかもしれない。しかしあなたの股関節は悪化しすぎていて、自骨で手術できるのは井上先生しかおられない。とにかく井上先生に診ていただいて手術が可能かどうかきいてごらんなさい。井上先生で無理ならば他に治せる医者はいません。」といわれていたからです。
診察の結果は、「キアリー手術は何とかできます。現在の激しい痛みもなくなります。びっこも手術後一年ほどでとれます。」という夢のような結果で、一緒にいた母は嬉しさのあまり泣いてしまいました。
あれから一年と一ヶ月がたちました。今では一年前の自分の姿が信じられないくらい元気になっています。毎日犬のお散歩に行き、英語を教えながら専門学校へ通い、数年前足の痛みのため辞めざるをえなかったお茶のおけいこも再開しました。びっこもほぼなくなりました。来月は海外旅行を計画しています。手術を受けた7月からまだ一年未満でこんなに活動的な生活が送れるなんて本当に夢のようです。
手術後はつらい事もありました。けれども親身な先生方、親切な看護師さん方、明るいリハビリの先生方、そしてたくさんの患者さん仲間に支えられ、つらいこと、悲しいことよりも、ずっと多くの希望や笑いがある入院生活でした。術後二ヶ月が過ぎ、外へ車椅子で出かけることが出来るようになってからは特に、仲良くなった患者さんたちとショッピングやお食事やラオオケに出かけたりして、とても楽しい思い出が出来ました。
先々月の定期健診では、仲良くなった患者さんたちと日にちを合わせて、同窓会兼検診となり、病院近くの宿で楽しい一晩をともに過ごしました。かけがえのない大事な友人ができました。
柳川リハビリテーション病院を紹介してくれたお医者様に行き着くまで、東京で何軒か病院をまわりました。二軒目にいった病院で、「こんなに悪化してしまったあなたの股関節を治せる医者がいったい何処にいるというんですか?」というお医者さんの言葉に絶望で涙を流してからわずか一年と二ヶ月。この短い期間に私の生活は大きく変わりました。井上先生と出逢えたことで新しい人生を与えられたと言っても過言ではありません。この場をお借りして井上先生,荘先生、永嶋先生、看護師さん方、リハビリの先生方、そして私をいつも優しく時には厳しく励ましてくださった入院患者の方々に心から感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございました。(平成16年5月20日 東京都 32歳女性)

体験談(7)

「痛くて・・・椅子から立ち上がれない、数歩ずつしか歩けない、車に乗れない、階段の上り下りがつらい、夜眠れない。足が曲がらないので・・・爪が切れない、ストッキングや靴下がはけない、スカートやズボンがはけない、お布団から起きあがれない、しゃがめない、そして、おまけに動けないので太る」。どこの病院へ行っても「人工しかありません。」ある医者からは「太っているので人工もそんなに持たないでしょう。お仕事やめたらどうですか?」とまで言われた。その帰り「死んだら楽になるかもしれない」、丈夫だけが取り柄だった私はもうノイーローゼになりかかっていました。そんな時、娘がインターネットで柳リハ病院を見つけてくれました。仕事柄すぐには入院できない私を半年間メールで井上院長が励ましてくださいました。「痛ければ痛い程私の手術は効果的です」井上院長が神様のように思えました。大腿骨の骨切り術を併用したキアリ手術の術後、半年間はあっという間でした。全てのスタッフが九州の太陽のように明るく優しく親切でした。リハビリの先生と目標を決め訓練しました。今はもう痛みはありません。爪も切れるしストッキングもはけるようになりました。目標の体重15キロ減ももうすぐ達成です。励まし合った仲間も無二の親友になりました。人生100年と言われる今からが私の折り返し地点。神様からもらった第2の人生を世のため人のために尽くしたい!そんな気持ちでいっぱいです。
さぁ、あと1週間!ファッションモデルのように素敵に歩いて金沢へ帰るぞぉ!(平成15年7月26日 50才 石川県)

体験談(6)

夏!どしゃぶりの雨の中入院してから、季節はとうとう冬!師走となってしまいました。過ぎた日を思うのは早く感じるものですが、やはり長い長い入院生活でした。自骨での手術という事に希望を持ち、井上院長先生の手術に全く不安も迷いもありませんでした。しかし半年程の入院生活の間には遠く離れた家族の事、愛犬の事などを思い辛かったり、どうしようもないのに焦ってしまったりもしました。特に術後、骨がつくまでの三ヶ月間くらいが不安な気持ちになったり、時のたつのがすごく遅く感じられました。でもその後は、リハビリのメニューも増えプールや自転車こぎ等が出来るようになり、又、休日には仲間と近くに散歩がてらにランチやケーキセット等の楽しみも出来て、あっという間に過ぎてしまったように思います。リハビリ室が広々としてとても和やかな雰囲気で特に担当していただいたセラピストのお陰で大変楽しくリハビリする事が出来ました。インターネットで柳川リハ病院、井上院長先生とめくりあえた事に感謝したいと思っています。ほんわかとした柳川弁に包まれて幸せでした。スタッフの皆様、本当にお世話になりました。ありがとうございました。(平成14年12月13日 女性 兵庫県)

体験談(5)

「2回にわたる骨切り術の既住があるあなたの股関節は、除痛を求めるのなら人工関節置換術の適応です。しかし、あなたの年齢ではあまりお薦めできません。」変形性股関節症の手術適応があると言われてから13年間、いくつかの医療機関を受診しましたが、ほとんどの施設の先生からそう言われておりました。いよいよ歩行困難となり、近くの大学病院の先生に相談したところ、「九州の井上先生のキアリー法なら自骨を使った手術であり、除痛の見込みもあるかもしれません。」と言われ、藁をもつかむ気持ちで埼玉から柳川リハビリテーション病院を受診しました。初診時に、「術後、得られる除痛の確率は90%であり、社会復帰も出来るようになります。」と言われ、同側の3回目の手術を決意しました。入院してみると、東京、京都、愛媛、山口など遠方から手術を受けにこられた方が何人かいる事に気付きました。紹介受診ばかりではなく、セカンドオピニオンを求めてこられていた方もいました。大学病院志向と言われる昨今、技術のある先生がその医療機関にいるとは限りません。患者が腕の良い医療を求めて医師を選ぶ時代、そんな時代が到来したという事を感じました。術後半年経過した現在は、お蔭様で術前のような嫌な痛みはなくなりました。井上院長先生をはじめ、柳川リハビリテーション病院のスタッフの皆様には大変お世話になりました。この場をお借りして、心より感謝申し上げます。(平成14年6月13日 女性 埼玉県)

体験談(4)

長い間「健康だけは自信があります」と言う様な身体でしたが、48歳頃から足が開きづらく、爪も切りにくくなり整形外科を受診したところ変形性股関節症との事で翌年、思い切って左股関節の手術を受け、それから4年後、右にも手術をしました。左側の時は、リハビリ施設がとても小さい病院で私達は使用させてもらえませんでした。ご縁を頂き、右側の手術はこちらで受けましたが、まずリハビリ施設の立派なのに驚きました。遠い地方から「どんなところかしら…?」と思って来た所為か、とても安心しました。術後のリハビリ開始も早く、主治医の先生方々とリハビリの先生とレントゲン写真や色々な運動能力を調べ、リハビリのメニューが変わっていきます。元気になって行くにつれ、あこがれ(私だけかな…)のプールや自転車こぎが入り、1日が結構早く過ぎ、耳に心地よい柳川弁と心に響く柳川人情のお蔭様で思い出深い入院生活になりました。(平成14年3月28日 52歳 女性 京都府)

体験談(3)

「人工関節しかないでしょう!」と言われたみなさ~ん!是非こちらで診て頂いてみて下さい。私もこちらで救って頂きました。「あなたは骨が悪くなりすぎている。骨に穴がいくつも開いているので自骨では無理だ!」と数々の病院から言われていましたが、或るDrから柳川リハビリテーション病院を紹介して頂き、キアリ術+大腿骨外反骨切術を受ける事が出来ました。7年前、異方法で反対足の手術を経験しましたが、術後一ヶ月ベット上での生活が続き地獄の苦しみを味わいました。ところが今回は5日目には車椅子に移る事が出来、前回の苦しみがウソのようでした。また、長い治療の間には度々トラブルが起こる事もありますが、こちらではDrを始めスタッフの方々が大変親身になって考えて下さり、どんな質問にも丁寧に答えて頂け安心してお任せ出来ました。いよいよ私も退院の日が近づいて参りました。痛みの無い日常生活が送れるのが楽しみです。
PS.遠方の方!こちらには全国から沢山の方がいらっしゃっています。どうぞ安心していらして下さい!(平成14年3月28日 42歳 女性 東京都)

体験談(2)

入院中どうして過ごそうかと思っていましたが、あっというまでした。他の病院では「人工関節しかダメだ」と言われていたのに、ここではキアリ手術で自分の骨で治していただきました。手術をして3日目には車椅子に移れ、自分の身の回りの事は自分で出来るようになりました。もう手術はしたくないと思っていますが、足を使い過ぎたりしないように、「年相応」に心がけたいと思います。自宅で自主トレに励みます。今日は家に帰れる嬉しさと、一緒に訓練に励んだ友達や先生とのお別れの寂しい気持ちが交錯しています。では笑顔でさようなら。(53歳 女性)

体験談(1)

10年以上前から股関節に痛みがありました。あちこちの病院で「今なら自分の骨で治せる」と言われていましたが、鎮痛剤を飲めば少し楽になっていましたし、子供が大学に入るまでは入院できる状態にはありませんでした。2年前にやっと手術を受け入れられる状態になって病院に行きました。しかし「自分の骨で治すのは無理、人工関節でないと良くならないが、人工関節を入れるには、あなたはまだ若い」と言われ途方にくれていました。そのような時に『のぞみ会』を通してキアリ手術を知り、治療を受けた患者さんから、柳川リハビリテーション病院を教えて頂きました。手術は想像していたほど、辛くはありませんでした。リハビリに数ヶ月かかりましたが、今は自分の骨で、痛みはなく歩ける喜びで一杯です。(51歳 女性)

「のぞみ会」の紹介:変形性股関節症の患者友の会です。
住所:〒169-0075 東京都新宿区高田馬場1-33-13
Tel:03-5272-0745  Fax:03-5272-2848

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